存在論日記2006年/ 9月

存在論日記:2006年9月

目次

オウム真理教と国家神道

(1) 序論

オウム真理教と国家神道は、 きわめて大きな類似点を持っている。 類似点というのは、超越的国家観と、 殺人を許容する教義との結合である。

(2) 超越的国家観

「超越的国家観」というのは私による造語である。 それは、「国家にとっては殺人は絶対的な罪悪ではなく、 それが国家の利益にかなうものならば容認することができる」 という国家観のことであり、 ここでは「超越的」という言葉は 「人間の倫理を超越している」という意味で使われている。

超越的国家観は、 特殊な人間だけが持っている国家観ではない。 それを強く意識することはめったにないとしても、 超越的国家観を持っている人間は多数派であると思われる。 なぜなら、もしもそれを持っている人間が少数派だとするならば、 人類はすでに戦争と死刑を廃止しているはずだからである。

(3) 国家神道

国家と国家とのあいだで軍事的な紛争が発生した場合、 当事国の兵士は、 相手国の戦闘員を(場合によっては非戦闘員をも) 殺害する必要に迫られる。 職業軍人の場合は、超越的国家観を持っていさえすれば、 罪悪感に悩まされることなく人間を殺すことが可能である。 しかし、一般市民から徴用した兵士に殺人を遂行させる場合、 殺人に伴う罪悪感との葛藤を避けるための価値観として、 超越的国家観だけでは不十分である。

一般市民からの徴用を必要とする総力戦を国家が目論む場合、 殺人の可能な兵士をいかに育成するかということは 重要な課題である。 歴史の一時期においては、日本という国家においても、 それは解決を必要とする課題だった。 当時の日本がその目的のために利用したのは、国家神道である。

国家神道は、天皇の臣民に対して、 絶対的な宗教的価値を持つ天皇という存在に 忠義を捧げることを要求した。 そして、 天皇のためならば他国の人民を殺害することは罪悪ではない という教義を臣民に吹き込んだ。 その結果として日本兵は、 自己を無にして殺人を遂行することのできる、 天皇の道具となることができた。 日本兵が、 罪悪感にそれほど苛まれることなく 敵国の人間を殺害することができたとするならば、 その功績の大部分は国家神道に帰すことができる。

(4) オウム真理教

オウム真理教という宗教団体も、 その信者たちに殺人を遂行させたわけであるが、 それを可能にするためにはやはり、 殺人に伴う彼らの罪悪感を軽減させることが 大きな課題であったに違いない。

オウム真理教は、その目的のために二つの価値観を利用した。 ひとつは殺人を許容する教義である 秘密金剛乗(タントラ・ヴァジラヤーナ)であり、 もうひとつは超越的国家観である。

超越的国家観は、多くの人間の心の底に横たわっている。 したがって、オウム真理教という宗教団体を擬似国家にすれば、 信者たちが持っている超越的国家観によって 殺人に伴う罪悪感が軽減されると期待することができる。 オウム真理教が、「建設省」「厚生省」「科学技術省」のような、 国家の行政機関を模した名称を教団内部の機関に与えるなど、 疑似国家の建設を目指したのは、 おそらくそのような理由によるものと思われる。

(5) 政教分離

一般に、民主主義国家における政教分離の原則は、 個人の信教の自由を保障するために必要となるものと 理解されている。 その理解はもちろん正しいが、 政教分離の原則は 信教の自由の保障という目的のためのみにあるのではない。 もうひとつの目的は、国家が宗教を利用し、 それらの結び付きが惨禍を生み出すのを防ぐことである。

現在、日本人の多くは、 オウム真理教(アーレフに改称)に対しては 過剰と言ってよいほどの警戒感を抱いている。 その一方で、 それ以上に危険な宗教である国家神道の復活に対しては、 はたして十分な警戒感を抱いていると言えるだろうか。

寺坂吉右衛門と昭和天皇

赤穂四十七士の一人、寺坂吉右衛門は、 なぜ吉良邸討ち入りに際して姿を消したのか。 その理由については古来よりさまざまな憶測がめぐらされてきた。 それらの憶測のひとつに、 寺坂は大石内蔵助から「赤穂義士の事跡を後世に正確に伝えよ」 という密命を受けていたからではないかというものがある。

昭和天皇がA級戦犯として処刑されなかった理由は、 けっしてひとつだけではないであろう。 日本の指導者たちが 太平洋戦争という未曾有の総力戦に日本を導いた経過を知る人物を 歴史の生き証人として生かしておきたい と連合国が望んだからではないかというのも、 考え得る理由のひとつである。 もしもそれが正しいとすれば、戦後の昭和天皇は、 寺坂吉右衛門と同じような存在意義を持っていることになる。

そしてさらに、 太平洋戦争ののちも天皇制という制度が 象徴天皇制という形態で温存されることになった理由のひとつは、 天皇を、 日本人が太平洋戦争を想い起こすよすがとするためではないか、 という推測も成り立つ。

太平洋戦争は東アジアの各地に地上の地獄を出現させた。 日本人にとって、 太平洋戦争は未来永劫に渡って忘れることが許されない教訓である。 しかし、人間は、 過去のできごとを容易に忘れてしまう存在である。

何かを記憶に留めておくための手段にはさまざまなものがある。 記憶しておきたいものを象徴する存在を常に持ち続けることも、 有効な手段のひとつである。 日本国憲法においては、 「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて」 と定められているが、 天皇が象徴することのできる対象は けっしてそれらのみに留まるものではない。 太平洋戦争が 天皇という神に捧げられた聖戦であったことを考えれば、 太平洋戦争の象徴として天皇ほどふさわしい存在はない。

同じように、日の丸と君が代も、太平洋戦争以降は、 太平洋戦争の象徴として機能している。 日本人の何割かは、日の丸を仰ぎ見るたびに、 そして君が代を歌うたびに、太平洋戦争の地獄に思いを馳せ、 国家の統治機構が二度と再び暴走することのないように、 それを監視し続けなければならない という思いを新たにしているのではないだろうか。

愛国心のねじれ現象

東京都立学校の教職員など401名が、 国旗掲揚と国歌斉唱の義務がないことの確認を求めた裁判で、 東京地裁は、 東京都教育委員会が発した通達は憲法違反である という判決を下した。

この問題について、小飼弾さんは、 ブログ「404 Blog Not Found」のエントリー 「国歌と社歌の違い」[1]の中で次のように述べている。

仮に都の主張が通ったとしたら、 日の丸と君が代を嫌う子どもはますます増えるだろう。 およそ義務教育でおしきせられたシンボルや歌を 子どもが気に入ることはない。

また、小飼さんの同じエントリーに、 寿命さんが次のようなコメントを寄せている。

日教組の教師たちは、儀式に限らず毎日の朝礼時にも歌わせて、 むしろ先頭にたって君が代を子供たちに「押し付け」て、 君が代・日の丸嫌いを増やすほうが得策なのでは?

国旗と国歌には興味深い「ねじれ現象」が発生している。 東京都は国旗と国歌を強制することによって それらを嫌う日本人を養成しており、 日教組は国旗と国歌を教育現場から遠ざけることによって それが好きな日本人を養成しているのである。

ねじれ現象は、国旗と国歌のみに留まらず、 愛国心をめぐる政策にはことごとく付いて回ると考えてよい。

総理大臣が靖国神社に参拝することが、 国のために命を捧げる人々を増やすことに貢献する、 とは私には思えない。 同じように、教育基本法で愛国心の必要性を明文化することも、 子供たちの愛国心を育てることを 促進しないのではないだろうか。

[1] http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/50637350.html
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Last modified: Sunday, 27 May 2007
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