存在論日記2007年/ 2月

存在論日記:2007年2月

目次

聖トマス大学

私は先日、「大阪聖トマス大学」[1]という文章の中で、 英知大学が2008年4月に「大阪聖トマス大学」に 名称を変更することを決定したと書いた。

しかし、 松本信愛さんの「英知大学の大学名称変更理由」[2]によれば、 1月25日の教授会でさらに検討した結果、 「大阪」をはずして「聖トマス大学」とすることが 決定されたそうである。 「大阪」をはずした理由は、

(1) 「聖トマス」以外に何も付けないほうが、 日本で最初にその名前を名乗ったオリジナリティーを 強調することができる。
(2) 地名を付けないことによって、 地域に限定されない大学を目指す という意気込みを表現することができる。

という2点らしい。

企業の名称について、 マーケティングの観点からはさまざまな議論があり得ると思うが、 私の個人的な好き嫌いの観点から言えば、 名称というものは必要最小限の長さであることが好ましいと思う。 この観点から、私は、 英知大学の教授会の判断を高く評価したい。

しかし、「大阪」という地名をはずしたことは、 名前負けのリスクを負うことを意味する。

将来、日本にあるカトリック系の大学で、 「○○聖トマス大学」という名称に変更するものが 何校も現われる可能性がある。 そうなったのち、聖トマス大学が、 聖トマスに関する教育と研究において ○○聖トマス大学よりも劣っているならば、 「聖トマス大学は名前負けしている」という烙印を 押されることになるだろう。 私は、聖トマス大学が、 けっして「名前負け」と言われることのない、 聖トマスに関する限り 日本における最高水準の教育研究機関となることを 期待している。

[1] http://sonzai.org/2007/01.htm#thomas
[2] http://www2u.biglobe.ne.jp/~shinai/ICUSTA/gakumeihennkou.html

英知大学

2008年4月に「聖トマス大学」に改称される英知大学というのは、 いったいどんなところなのか。 百聞は一見に如かずというわけで、 そのキャンパスを探検してきた。

正門から内側へ少し入ったところに架設の門が置かれていて、 そこにはSt. Thomas University of Osakaと書かれている。 これは、1月16日に改称された、英語での新しい大学名である。

「本館」という建物の入口の上には、 聖母子像が安置されている。 イエスは10歳ぐらいで、 未来を暗示しているかのように両腕を左右に大きく広げている。 そして、 その像の下にはSEDES SAPIENTIAE(英知の座)という言葉が 掲げられている。 この言葉は聖母を意味するものらしいが、 おそらくこの言葉を掲げることは、 この大学をも英知の座にしようという 意志の表明なのではないかと思われる。

掲示板に、「お知らせ」という文書が貼られていた。 それによると、 英知大学は「大学名称変更プロジェクト・チーム」というものを 発足させたそうである。 その役割としては、 「大学名称変更に伴う大学広報の任務を遂行するために、 University-Identityシステムの確立と実践活動を執り行う」 と書かれている。

企業の名称変更は、 必然的に企業全体のアイデンティティーに影響を及ぼす。 このときに重要なことは、名称以外の各部分においても、 新しい名称との調和を保ちつつ改革を実行することである。 これに失敗すると、アイデンティティーの一貫性が失われ、 名称変更が裏目に出ることになってしまう。 調和を保った改革を実行しなければならないという点で、 プロジェクトチームに課せられた責務は重い。

英知大学が、 「聖トマス大学」という新しい名称に調和した大学に 生まれ変わるためには、 どのような改革が必要なのだろうか。 私は、 聖トマス大学は 中世的な意味での「大学」を目指すべきであると提案したい。

中世における大学の特徴のひとつは、 討論というものが重要視されていたということである。 討論には正規討論(quaestiones ordinariae)と 任意討論(quaestiones quodlibetales)の二種類があり、 前者は教授と学生のみが出席するものであるが、 後者は大学外の一般市民にも公開されるものである。 任意討論は、 稲垣良典さんの『トマス・アクィナス』には 次のように紹介されている。

任意討論とは、その名の示すとおり、「だれでもその意のままに、 どんなことについてでも」de quolibet ad voluntatem cujuslibet 質問して差し支えない公開の討論会であった。[1]

大学外の一般市民にも公開されたこのような討論会は、 中世はもとより、 さまざまな価値観の対立が深刻な問題を生んでいる現代においては なおさら重要視されなければならないものである。 そのような意味で、聖トマス大学が中世へ回帰することは、 単なるアイデンティティーの確立という目的を超えた 現代的意義を持つと考えられる。

[1] 稲垣良典、『トマス・アクィナス』、 講談社学術文庫、1377、講談社、1999、p. 150。

独我論的実在論

中島敦の「無題」という小説の中に、 次のような一節がある。

中山の得意な「現実逃避法」というのがある。 コギト・エルゴ・スム、という言葉の、スムをスントに置換えて、 中山は現実を、「我考う。故に、彼等(外界の事物)存在す」と、 いう風に考える。之を逆にすれば、「我思わざれば、 彼等存在せず」となる。故に、厭なこと、醜いこと、は凡て 考えなければいい。すると、それは存在しないことになるんだ。[1]

これはなかなか面白い理論であると私は思う。 理論の名称がないと何かと不便なので、 とりあえず「独我論的実在論」と命名しておくが、 すでに与えられている名称をご存知の方、 あるいはほかにもっと適切な名称を思い付いた方は、 お知らせいただきたい。

独我論的実在論は、客観的実在の存在を認める。 したがって、それは独我論ではなく、実在論の一種である。 しかし、 客観的実在を存在せしめているものが 「私」の思考であると考える点で、 独我論の方向へ引き寄せられた地点に位置付けられる。

独我論的実在論に対しては、次のような反論が予想される。 もしも「私」の思考が客観的実在を存在せしめているとするならば、 「私」は全知全能の神のごとき存在でなければならないはずである。 ところが、実際には「私」は全知全能ではない。 ゆえに矛盾が発生する。

しかし、この矛盾は、 「私」の思考は意識と無意識から構成されると考えることによって 解決することができる。 意識の中の思考は自覚することができるが、 無意識の中の思考を自覚することはできない。 客観的実在は、無意識の中の思考によって作り出されるものである。 このように考えれば、「私」は、 客観的実在に対して全知全能である必要はなく、 矛盾は発生しない。

独我論的実在論というのは、「「私」は、 目覚めている状態でも夢を見ているのだ」と考える理論である、 と説明することもできる。 「私」が客観的実在に対して全知全能ではないのは、 夢を見ている人間がその夢の中で全知全能ではないのと 同じ理由なのである。

[1] 中島敦、「無題」、『中島敦全集』、第3巻、 ちくま文庫、筑摩書房、1993、pp. 321-322。
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Last modified: Sunday, 27 May 2007
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