存在論日記2007年/ 4月

存在論日記:2007年4月

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絵本作家養成講座

大阪電子専門学校の情報エンジニア科には、 一年生全員を対象とする「2D実習」という科目がある。

「2D実習」は、 Illustratorというソフトの使い方の習得を 名目上の目的とする科目であり、 その実質的な内容は絵本の創作である。 学生たちが作った絵本は、 学年末に実施される 「OECデジタルデザインアワード」という発表会で 発表されることになる。

この科目の担当者としては、 プロのアーティストである林夢花さん[1]が 永年にわたって非常勤講師として招かれていた。 ところが、 新年度を目前にして林さんが降板することになったため、急遽、 リリーフのアーティストを募集したらしいのであるが、 採用基準をクリアする人材は現われず、 かくなる上は常勤に担当させるしかないということになったらしい。 このような場合に白羽の矢のターゲットとなるのは、 職務に適した能力を持つ人間ではなく、 反射神経が鈍いために 矢の飛来を避けることができない人間であると、 古来より相場が決まっている。

私は、「2D実習」のワンポイントリリーフという白羽の矢が、 まさか自分に突き刺さるとは思ってもいなかったので、 その打診を受けたときはかなり驚愕した。 そして、 科目の内容を大幅に変更してもかまわないならば 引き受けてもよいと回答した。 「絵本を作る実習は時間の無駄である」 という学生たちの呪詛の声を、 以前から耳に胼胝ができるほど聞かされていたからである。

しかし、ショックから立ち直ったのちに冷静に考えてみた結果、 私は、 絵本を作る実習を担当するというのも 悪いことではないと思うようになった。 「物語とは何か」という巨大な問題について考える上で、 多少なりとも刺激を受けることができるかもしれないというのが その理由である。 それゆえに、私は、 絵本を作るという内容を変更しないままで 「2D実習」の担当を承諾することにした。

人間においては実存が本質に先立って存在している とサルトルは述べた。 人間と同様、「2D実習」という科目においてもまた、 実存が本質に先立って存在している。 この科目の担当者や受講生たちは、 それを不条理として受け入れるか、 もしくは自分にとっての存在意義を見出すことによって、 それに本質を付与しなければならない。

私は「2D実習」という科目に対して 存在意義を見出したわけであるが、 それはあくまで私にとっての存在意義であって、 学生たちにとっての存在意義ではない。 残念ながら、 学生たちにとってのこの科目の存在意義を彼らに与えることは、 私の能力を遥かに超えた地点に位置している。

[1] http://www.tcct.zaq.ne.jp/pitaloss/

と学

「古代エジプト人の神々」という講演に関するメモ。

日時は2007年3月17日(土)14:00〜16:00、 場所は同志社大学今出川キャンパス神学館礼拝堂、 講師は吹田浩さん、司会は森孝一さん、挨拶は前田徹さん、 コメンテーターは中田考さん。

吹田さんの講演の骨子は次のようなものである。 「古代エジプト人にとって、神とは、 「そこに何かがいると感じられる力」のことである。 彼らの神観念は驚くほど柔軟であり、 彼らは神々の姿にはこだわらない。 同じ神であっても、人間の姿、 頭が動物または昆虫で体が人間という姿、全身が動物の姿、 というようなさまざまな姿で表現される。 彼らの神観念は一神教化にも抵抗がなく、 太陽そのものをアテン神として崇拝する アマルナ宗教という一神教が現われた時代もあった」

講演後の質疑応答の中で、 聴講者の一人が次のような質問をした。 「古代エジプト人だった前世の記憶を持つ少女がいた。 彼女は古代エジプトの宗教を信仰していて 賛美歌を歌わなかったので、 学校から追放された。 そして彼女は大英博物館へ行き、そこでヒエログリフを思い出した。 彼女はどのような形で神を祀っていたのか」

その質問に対して吹田さんは、「その話は聞いたことがあるが、 前世の記憶が現実かどうかは人間にはわからない」と答えた。

吹田さんは 古代エジプトの歴史学を専門分野としている人である。 したがって、この質問者は質問の相手を間違えている。 その少女が古代エジプトの宗教について どれほど詳細に語ったとしても、 彼女の証言を歴史学の資料とすることはできない。 しかし、古代エジプトの宗教の記憶を持つ少女の話は、 歴史学から離れた立場から見れば、 きわめて興味深いのではないかと私は思う。

オカルト的な体験は、 その主体となる人間がその中で生まれ育った 宗教的な環境を源泉として発生する現象である。 輪廻転生という思想を含まない宗教を環境として 生まれ育った少女の上に、 自分は誰かの生まれ変わりであるという自覚が生じたとするならば、 その現象は何を源泉として発生したのだろうか。 また、彼女が信仰していると言う古代エジプトの宗教は、 どのようにして彼女の記憶に注ぎ込まれたのだろうか。

オカルト的な現象を現実として受け入れるというのは 科学的な態度とは言えない。 しかし、オカルト的な体験をしたと主張する人間や、 それを題材とする本を書く人間や、 そのような本に食指が動く人間が存在することは現実である。 それらの現象がいかなるメカニズムによって 彼らの上に発生しているのかということを 科学的な手段に基づいて解明することを、 非科学的あるいは疑似科学的であると非難することはできない。

オカルトのみならず、さまざまな分野において、 「トンデモ本」と呼ばれる不可思議な本が 無数に生産され続けている。 そのような本は、現在、 「と学」と呼ばれる学問において研究の対象とされている[1]。 しかし、と学は、現状ではまだ、トンデモ本を単に面白がったり、 論理の飛躍や非科学性を指摘したりすることを 主たる目的としているように思われる。

私は、トンデモ本が発生したり、 それらが洛陽の紙価を高めたりするメカニズムを、 科学的な手段に基づいて解明する学問が 必要なのではないかと考えている。 そして、「と学」という名称は、 そのような学問にこそふさわしいのではないかと思う。 と学にとって、現在はまだ黎明期に過ぎず、 それが学問として成立するのは、 まだまだこれから先のことなのではないだろうか。

[1] あるいは、 存在するのは「と学会」と呼ばれる団体だけで、 「と学」と呼ばれる学問は、いまだ存在していない、 と言うべきなのかもしれない。

否定と信仰の二重構造

「死者を送る」という講演に関するメモ。

日時は2007年3月24日(土)13:00〜15:30、場所は大谷大学講堂、 講師は山折哲雄さん、挨拶は武田龍精さん、 パネルディスカッションの司会は門脇健さん、 パネリストは中尾良信さんと中田考さん。

山折さんの講演の骨子は次のようなものである。 「生と死のあいだにあるのは断絶ではなくなだらかな移行である。 日本人は、 イメージの中で死者の霊魂を他界へ送り届けることを重視してきた。 しかし、仏壇や告別式の祭壇に死者の写真を飾るというのは、 死者を送るのではなく、 生者の記憶を死者につなぎとめる行為である」

講演後のパネルディスカッションの中で、 山折さんは次のように指摘した。 「本来の仏教は霊魂の存在を主張しないものであるのに対して、 日本の仏教は、 霊魂の存在を前提とする古代的な宗教と共存している。 親鸞も霊魂の存在を否定したが、 現実には彼も「魂」という言葉を使っている。 これは二重構造である」

その発言を受けて、曹洞宗の僧侶である中尾さんも、 「道元も霊魂の存在を否定しているが、 我々が檀家の人と話をするときは浄土を念頭に置かざるを得ない」 と語った。

霊魂の存在の否定と信仰という二重構造は、 僧侶のみのものではないと私は思う。 日本人のうちで、 一点の疑いもなく霊魂が存在すると考えている人間は、 かなり少数派なのではないだろうか。 しかし、霊魂が存在するとは思っていない人間も、 親しい人間の死という衝撃から 自分の精神を防御するための手段として、 死者の霊魂は浄土に迎え入れられるという思想を フィクションとして利用しているように思われる。

霊魂の存在という問題のみに留まらず、 宗教的な問題の全般にわたって、 日本人の多くは 否定と信仰の二重構造を持っているのではないだろうか。 もしもこの仮説が正しいとするならば、 江戸幕府が切支丹を禁圧した理由も、 この観点から理解することができそうである。

江戸幕府にとって、被支配階級の人間の理想像というのは、 人間が作った制度(たとえば封建制のようなもの)を フィクションとして受け入れてくれる人間であった。 しかるに、切支丹における信仰は、 神が作った制度を現実として受け入れることを 要求するものであった。 それゆえに、 江戸幕府の目には 切支丹が危険なものに見えたのではないだろうか。

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Last modified: Sunday, 27 May 2007
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