存在論日記2008年1月/ レッスンプロの近未来予想図

レッスンプロの近未来予想図

昨年、「ロボットの遠未来」*1というエントリーの中で、

技術屋というのは、 なぜか薔薇色の近未来予想図を描きたがる人種らしい。

と書いたところ、大沢南さんから、

技術者が薔薇色の未来を語るのは、 技術者もまたサービス業であり営業職でもあるから。

というコメントを頂戴した。

技術者は営業職でもあるという大沢さんの指摘には、 私も同感である。 しかし、 すべての技術者が 近未来予想図を薔薇色に描くことを要求されるわけではない。 それを可能な限り正確に描くことを要求される技術者も 存在する。

ゴルフや将棋などのプロと同様、技術者も、 トーナメントプロとレッスンプロに分類することができる。 自分の技術によって成立したサービスを世の中に送り出す技術者は 前者であり、 自分が教えた学生を世の中に送り出す技術者は後者である。 両者は、営業職を兼ねているという点では共通している。 前者は、 自分の技術によって成立したサービスが 顧客にとって魅力的なものでなければ生計を立てることができない。 後者も、 自分が送り出そうとする学生が 技術者として有能だと評価されなければ路頭に迷ってしまう。 そして、近未来予想図を描くことが要求されるという点も、 両者に共通している。

しかし、 何のために近未来予想図を描くのかという目的に関して、 トーナメントプロとレッスンプロとの間には相違がある。 トーナメントプロが近未来予想図を描く目的は、 自分の技術によって創造される近未来が いかに薔薇色であるかということを顧客にアピールするためである。 それに対して、レッスンプロが近未来予想図を描く目的は、 近未来において必要とされる技術は どのようなものであるかということについて考えるためである。

技術者にとって、学校を卒業して企業に就職することは、 ゴールではなくスタートである。 したがって、理想的な技術教育は、 今すぐに役に立つ技術を教えることではなく、 就職から定年に至るまでの期間にわたって、 卒業生が技術者として働き続ける上で役に立つ技術を 教えることである。 そして、 そのためには現時点で何を教えるのがベストであるか ということについて考えるために不可欠なのが、 可能な限り正確に描かれた近未来予想図なのである。

しかし、客観的な視点で近未来予想図を描くというのは、 容易なことではない。 「こんな未来に来てほしい」という希望が 無意識のうちに混入してしまうことは、 ほとんど不可避である。 したがって、技術教育というのは、 望ましい未来を建設するという希望を学生に託す行為である と言うこともできる。

*1 http://sonzai.org/2007/12.htm#robot
存在論日記2008年1月/ レッスンプロの近未来予想図
Last modified: Thursday, 17 January 2008
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