存在論日記2008年7月/ 精神のダウンロード

精神のダウンロード

坂村健さんは、 デジタル化という現在進行中の変化の延長線上にある未来について、 次のような予測を述べている。

脳インターフェースと仮想空間技術は 人間にとっての物質世界の価値を大きく減らすだろう。 人工知能ができれば文明の運営を機械にまかせ 人間の関与は欲求を出すだけまでに縮小できる。 そして、精神のダウンロードにより、その欲求を出す主体自体が、 完全情報化するに違いない。*1

この中で言及されている「精神のダウンロード」というのは、 坂村さん自身の説明によれば、「人格をデジタル化し、 コンピューターの中の仮想空間で永遠に生きられる」 ようにする技術のことである。 おそらく、精神というプログラムを脳からコンピュータへ移植する、 ということであろうと思われる。 坂村さんは「仮想空間で」と限定しているが、 ロボットをインターフェースとして利用することによって、 コンピュータに移植された精神が 現実世界と相互作用することも可能であると言ってよいだろう。

精神のダウンロードは、不老不死を可能にする技術である。 精神のバックアップが安全な場所に保管され続け、 それを実行することのできるコンピュータが存在し続ける限り、 不測の事態が発生して精神がダウンしたとしても、 それを再起動することが可能である。

さらに、 精神のダウンロードが可能にするものは不老不死のみではない。 それは、 同一の精神を複数のプロセスとして 同時に実行することも可能にする。 これは、一人の人間が、 異なる場所で同時に起こる複数のイベントを体験することができる、 ということを意味している。

ところで、脳の上で動作している精神と、 それを脳からコンピュータへ移植した精神とは、 同じものであると言い得るのだろうか。 私には、それらが同じものであると主張することには、 かなり無理があるのではないかと思われる。 私がそのように思う理由は二つある。 一つは、 「コンピュータはチューリングマシンと等価だから」 という理由であり、 もう一つは、 「人間の精神は意識と無意識から構成されているから」 という理由である。

まず、第一の理由について説明しよう。 コンピュータはチューリングマシンと等価である。 したがって、もしも、 チューリングマシンによる脳の動作のシミュレーションが 完全なものではないとするならば、 脳の上で動作している精神と、 それを脳からコンピュータへ移植した精神との間には 相違が存在することになる。 ところで、 チューリングマシンが解決することのできる問題というのは、 アルゴリズムが存在する問題のことである。 ところが、脳には、 アルゴリズムが存在しない問題を解決する能力があると思われる。 たとえば、クルト・ゲーデルの脳は、 自然数論の不完全性定理の証明という問題を解決したが、 この問題を解決するアルゴリズムは存在しないように思われる。 すなわち、チューリングマシンでは、 脳の動作を完全にシミュレートすることはできないのである。 したがって、脳の上で動作している精神と、 それを脳からコンピュータへ移植した精神とは同じものである、 と主張することはできないと思われる。

次に、第二の理由について説明しよう。 人間の精神は意識と無意識から構成される。 したがって、もしも、 ダウンロードが可能であるのは意識のみであって、 無意識のダウンロードは不可能であるとするならば、 脳の上で動作している精神と、 それを脳からコンピュータへ移植した精神との間には 相違が存在することになる。 ところで、 無意識をダウンロードすることが可能であると言うためには、 すべての無意識をダウンロードすることに成功したかどうかを 検証することが可能でなければならない。 ところが、無意識は底なし沼のようなものであり、その性質上、 底の底まで観察することができないため、 すべての無意識をダウンロードすることに成功したかどうかを 検証することは不可能である。 したがって、脳の上で動作している精神と、 それを脳からコンピュータへ移植した精神とは同じものである、 と主張することはできないと思われる。

精神のダウンロードというのは、 「現実に存在する特定の人間の挙動をシミュレートする 人工知能を作る」ということと等価であると考えることができる。 たとえ精神のダウンロードが、 「その精神を実行しているのが脳なのかコンピュータなのかを 会話によって判定することができない」 というチューリングテストに合格するほどの水準にまで 到達したとしても、 コンピュータに移植された精神は、 あくまで人工知能によってシミュレートされた精神であって、 精神そのものではないと思われる。

*1 坂村健、 「デジタル化の未来」(「デジタル文明の行方」第8回)、 『日本経済新聞』、2008年2月5日付、日本経済新聞社、2008。
存在論日記2008年7月/ 精神のダウンロード
Last modified: Tuesday, 29 July 2008
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