存在論日記2008年9月/ 人類の自殺

人類の自殺

「ハプニング」(原題:The Happening、 脚本・監督:M・ナイト・シャマラン(M. Night Shyamalan)) という映画を観た。

この映画が描いているのは、 滅亡へ向かって歩む人類の姿である。 人類の滅亡は、 これまでにも数多くの小説や映画の中で語られてきた。 それらの小説や映画は、 人類が滅亡する原因についてさまざまな予測を述べている。 核戦争や伝染病のような蓋然性の高い原因から、 小松左京さんの「地球になった男」のような奇想天外な原因まで、 そのバラエティーはきわめて豊富である。 おそらく、人類の滅亡を描く小説や映画を新たに創作する場合、 その原因に関して新説を提案するというのは、 かなり困難なことなのではないかと思われる。

この映画の中では、 発生した異変の原因についてさまざまな仮説が述べられる。 しかし、この映画自体は、 それらの仮説のうちのどれが正しいのか ということについては何も述べず、 発生した異変の原因について、 いかなる結論も出さないまま終了する。 したがって、異変の原因は何かという問題は、 宿題として観客たちに与えられることになる*1。 宿題を出されてしまった以上、解答の提出は観客の義務である*2。 というわけで、これから私が書くことは、 この映画の中で発生した異変の原因に関する私の憶測である。

個々の人間の集合的無意識というのは、 完全に独立して存在するのではなく、 通底管のようなものによって相互に接続されている。 すべての人類の集合的無意識は、 それらの通底管によって一個のネットワークを形成している。 そして、そのネットワークは一個の脳として機能しており、 その脳には一個の精神が宿っている。 すなわち、人類全体があたかも一人の人間であるかのごとく、 それを動かすことのできる一個の精神が存在している ということである。 ただし、人類の精神は、 その脳を構成している個々の人間には認識することができない。

あるとき人類の精神は、何らかの理由によって、 自殺したいと考えるようになった。 自殺の方法として人類の精神が選んだのは、 自殺を誘発する化学物質を個々の人間の脳に作らせる、 というものである。 人類の精神が自殺を決行した結果として発生した現象が、 この映画で描かれている異変である。

では、人類の精神が自殺を望んだ理由は何なのだろうか。 鬱病にかかったからだろうか。 そうであると考えることもできるが、私はむしろ、人類の精神は、 何らかの合理的な理由にもとづいて、 自分を消滅させることが望ましい という結論に到達したのだと考えたい。

この映画の宣伝コピーは、「人類は滅びたいのか。」である。 おそらく、このコピーを書いた人は、 この映画で描かれている異変の原因について、 私と同様の解答にたどり着いたに違いない。 この映画の中の人類は、まさに、 滅びたいという願望によって滅ぶのである。

*1 観客に宿題を出す映画をハリウッドが製作したという事実は 特筆に値する。 このことは、 合衆国の人々の多くが 従来のハリウッド的な映画では物足りないと感じている、 ということを意味しているように思われる。
*2 これは言いすぎである。
存在論日記2008年9月/ 人類の自殺
Last modified: Friday, 12 September 2008
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