存在論日記2008年10月/ 帝国主義的布教活動

帝国主義的布教活動

「コンゴと中央アフリカにおける解放戦争とエイズ問題 ―その宗教的背景と国際協力の課題」という講演に関するメモ。

日時は2008年9月27日(土)14:00〜16:00、 場所は同志社大学今出川キャンパス神学館3階礼拝堂、 講師はフェリックス・U・カプトゥ(Felix Ulombe Kaputu)さん。

カプトゥさんの講演は、次のような内容だった。 「欧米列強によって植民地とされたアフリカの国々では、 宗主国から独立したのちも、 イデオロギーや民族の対立による戦争が続いており、 戦争に伴う人々の移動は、HIVが蔓延する要因となっている。 そして、人々から教育の機会が奪われていることが、 彼らがHIVに感染する間接的な原因である」

カプトゥさんの出身地は、 コンゴ民主共和国(Democratic Republic of the Congo、 1960年にベルギーから独立、首都はキンシャサ)である。 講演の締めくくりで、彼は次のように語った。 「私は、武器を調達したり2万人の兵士を隠したりしている、 とコンゴ政府から疑われ、投獄された。 しかし、 アムネスティーや友人たちのお蔭で出国することができた。 それが、 私がなぜコンゴではなく日本にいるのかという理由である」

講演後の質疑応答で、原田さんという人が、 「アフリカ固有の宗教がアフリカ人を動かしているのか」 という質問をした。 その質問に対する応答の中で、 カプトゥさんは次のようなことを述べた。 「ベルギー人たちは、 コンゴの王族をベルギーへ連れて帰ってキリスト教に改宗させた。 しかし、それでもなお、 彼らにはアフリカ的な伝統を断ち切ることはできなかった」

帝国主義的な植民地化の過程は、多くの場合、 侵略者たちが信仰する宗教の布教を伴う。 たとえば、大日本帝国も、植民地化した国々に神社を建設し、 それらの国の人々に国家神道を布教した。 しかし、 軍事力を背景とする布教活動によって 植民地の人々に信仰させることができるのは、 あくまで仮面としての宗教であり、 彼らが伝統的に持っている内面的な信仰を払拭することは 困難である。 大日本帝国がポツダム宣言を受諾したのち、 海外に建設された神社の多くが 現地の人々によって破壊されたことは、 そのことを如実に物語っている。

私は以前、 「仮面としての宗教」*1というこの日記のエントリーの中で、 次のように書いた。

仮面としての宗教と内面的な信仰とは、 決して無関係に存在するわけではない。 おそらくそれらの間には絶えざる対話があるに違いない。 内面的な信仰は、その対話を通じて、より陰翳のあるものへ、 より重厚なものへと成長することができる。 もしもそれが正しいとするならば、 仮面としての宗教を持つことには 大きな意義があると言わざるを得ない。

おそらく、 帝国主義的な布教活動が生み出す仮面としての宗教も、 内面的な信仰との間で対話を続け、 何らかの価値のあるものを生み出すに違いない。 それは、植民地の人々のみならず、侵略者たちにとっても、 そしてさらに彼ら以外の人間にとっても価値のあるものであり、 したがって、それは、 大いに研究される必要のあるものではないかと思われる。

*1 http://sonzai.org/2008/03/persona.htm
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Last modified: Friday, 17 October 2008
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