存在論日記2008年10月/ スリランカの憲法第九条

スリランカの憲法第九条

政教分離は、 信仰の自由という権利を維持する上で必要不可欠な原則である。 しかし、地球上には現在もなお、 政教分離という原則が確立されていない国々が存在する。 スリランカは、そのような国々のうちの一つである。

スリランカの民族構成は、シンハラ人が73.8%、 スリランカ・ムーア人が7.2%、インド・タミル人が4.6%、 スリランカ・タミル人が3.9%であり、宗教構成は、仏教徒が69.1%、 ムスリムが7.6%、ヒンドゥー教徒が7.1%、 クリスチャンが6.2%である*1。 そして、民族と宗教との間には強い相関関係がある。 シンハラ人の大多数は仏教徒であり、 タミル人の多くはヒンドゥー教徒である。

英国の植民地だったスリランカは、 1948年に英連邦王国として英国から独立した。 そののち政権を掌握したのは、 人口の多数を占めるシンハラ人たちである。 彼らは 「シンハラオンリー」(Sinhala Only)と呼ばれる政策を推進したが、 この政策は、少数派であるタミル人たちからの激しい反発を招いた。 そして1983年には、 タミル人による武装勢力である LTTE(Liberation Tigers of Tamil Eelam、 タミル・イーラム解放の虎)*3とスリランカ政府軍との間で内戦が 勃発し、 その戦闘は現在もなお終息する気配を見せない。

シンハラオンリーが どのような政策なのかということについては、 「シンハラ語の公用語化など」と説明されることが多い。 おそらく、 シンハラオンリーの中で最も重要な位置を占めている政策が シンハラ語の公用語化であるというのは事実であろう。 しかし私は、タミル人たちを憤激させ、 一部のタミル人を自爆テロに駆り立てている要因としては、 言語の問題よりもむしろ 宗教の問題のほうに重心があるのではないかと思う。

1978年に制定された現行の憲法*2は、その第九条において、 仏教について次のように定めている。

スリランカ共和国は、仏教に対して第一の地位を与える。 これにもとづき、仏教の保護および助成は、国の責務である。 ただし、 第十条および第十四条第一項(e)によって付与された権利は、 すべての宗教に対して保証される。

スリランカにおいて、 仏教に対してこのように国教的な地位が与えられているのは、 それが シンハラ人たちの民族意識と強く結びついている宗教だからである。 そして、仏教とシンハラ人の民族意識とを結びつけたのは、 「スリランカ建国の父」と呼ばれる アナガーリカ・ダルマパーラ(Anagarika Dharmapala)*4である。 「仏教国スリランカ内戦激化の訳」*5という 佐藤哲朗さんのブログエントリーは、 ダルマパーラがシンハラ人たちに語った 次のような言葉を紹介している。

我々シンハラ人は、 偉大なるブッダの教えを二千三百年守り続けてきた 聖なる(アリヤ)民族である。 スリランカはブッダに祝福された 仏法の島(ダンマ・ディーパ)である。

宗教はしばしば、 民族意識を高揚させるための道具として使われる。 たとえば、大日本帝国は、 日本人の民族意識を高揚させるために神道を最大限に利用した。 ダルマパーラも、シンハラ人の民族意識を高揚させるために、 仏教を利用したわけである。

宗教は薬に似ている。 それが本来の効能を発揮するのは、 正しい目的のためにそれを使った場合のみであり、 間違った目的のためにそれを使うことは、きわめて危険である。 民族意識の高揚というのは、 明らかに間違った宗教の使い途である。 スリランカの現政権は、 宗教に関する政策を早急に改めるべきである。

*1 https://www.cia.gov/library/publications/the-world-factbook/geos/ce.html
*2 http://www.priu.gov.lk/Cons/1978Constitution/CONTENTS.html
*3 http://www.eelam.com/
*4 http://en.wikipedia.org/wiki/Anagarika_Dharmapala
*5 http://d.hatena.ne.jp/ajita/20080604/1212583776
存在論日記2008年10月/ スリランカの憲法第九条
Last modified: Thursday, 30 October 2008
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