存在論日記2008年11月/ 「東南角部屋二階の女」における英霊信仰

「東南角部屋二階の女」における英霊信仰

「東南角部屋二階の女」(脚本:大石三知子、監督:池田千尋) という映画を観た(以下、ネタバレあり)。

この映画は、表面的にはファンタジーではなく、 現代の東京という現実的な世界を舞台とする物語である。 しかし、この映画は、それが見せている現実的な舞台の背後に、 神々が住む幻想的な世界(以下、 「神霊世界」と呼ぶことにする)が存在することを 意識しながら物語を進める、 「隠れファンタジー」と呼ぶべきものである。

この映画の主要な舞台の一つは、 「藤野女子アパート」という名前の古いアパートである。 このアパートの201号室は「開かずの間」になっていて、 窓は雨戸によって塞がれている。 この部屋が、タイトルが言及している「東南角部屋二階」である。 201号室の隣室である202号室の押入れの壁には、 201号室の押入れに通ずる小さな丸い穴が開いていて、 その穴の下の壁面には、 「願いごとかないます!」という丸文字の落書きがある。

落書きがそれだけだったならば、 単なる悪ふざけという解釈も可能である。 しかし、穴の右横には、 それとは異なる筆跡で「本当だったョ!!」と書かれている。 このように念を押していることから考えて、おそらく脚本家は、 人間の願いごとをかなえることのできる何かが 穴の向こう側に存在している、 という解釈を期待しているのだろうと思われる。 その穴は、物理的には201号室に通じているのであるが、 観念的には神霊世界に通じているのである。

映画の終盤になって、次のような事実が明らかにされる。 アパートのオーナーである藤子という女性(演じているのは 香川京子さん)には、かつて婚約者がいた。 しかしその人は、 太平洋戦争に出征したまま還らぬ人となってしまう。 藤子は、婚約者から自分に贈られた着物を201号室に保管し、 そしてその部屋を開かずの間としたのである。

穴の向こう側の神霊世界に存在していて、 202号室の歴代住人たちの願いごとを かなえ続けている霊的存在者は、 おそらく、藤子の婚約者であると思われる。 「英霊」と呼ばれる霊的存在者は、これまでは、 慰霊や追悼や顕彰の対象としか考えられてこなかった。 しかしおそらく、この映画の脚本を書いた大石さんや、 この映画の監督を務めた池田さんの世代の人々にとっては、 英霊たちもまた、古き神々と同じ力を持つ存在者であり、 彼らに願いごとをするというのは 不自然なことではないのであろう。

「どのような霊的存在者であろうと、 それに向かって願いごとをすればかなえてくれる」という認識は、 多くの日本人が共有しているものである。 したがって、 もともとは願いごととは無縁であると認識されていた霊的存在者が、 時代が下るにつれて、 しだいに願いごとをかなえてくれると認識されるようになることは、 きわめて自然な現象である。 たとえば、菅原道真に対する信仰は、その顕著な一例である。 道真はもともとは祟り神として認識されていたが、現在では、 学問の神様であり、合格祈願の対象であると認識されている。

英霊の親、戦友、妻、婚約者、 というような人々の減少に伴って、 英霊は慰霊や追悼や顕彰の対象であるという認識は、 しだいに薄れていく。 おそらく、近い将来には、 英霊は願いごとをかなえてくれる存在者であるという認識は、 多くの日本人によって共有されるものとなるに違いない。

存在論日記2008年11月/ 「東南角部屋二階の女」における英霊信仰
Last modified: Thursday, 27 November 2008
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