存在論日記2009年/ 運命に翻弄された人生を愛でる感性

運命に翻弄された人生を愛でる感性

「吉田御殿」と呼ばれる伝説がある。 徳川家康の孫として生まれた千姫を主人公とする伝説である。 この伝説は、いかなる心理のもとに創作されたものなのだろうか。

政略結婚が日常茶飯事だった時代においては、 公家や武家に生まれた女性たちの多くは、 運命によってその人生を翻弄されなければならなかった。 千姫も、そのような女性たちの一人である。 私は、「吉田御殿」のような伝説が創作された背景として、 運命に翻弄された人生を愛でる感性、 というようなものが蠢いていたのではないかと思う。 そして、そのような感性は、 現代に生きている我々にも受け継がれているのではないだろうか。

瀬尾佳美さん*1は、拉致被害者の横田めぐみさんについて、 ブログの中で次のように述べている(しんくんさんの 「青山学院大学「瀬尾佳美准教授ブログ問題」拉致被害者編。」 *2より引用)。

私は「めぐみちゃん」とほとんど同じ年ですが、 ホントできることならいくらでも替わってあげたいです。 (中略) こんな限りない日常が終わりになるなら是非拉致されたい。

中島梓さん*3も、拉致被害者の蓮池薫さんについて、 日記の中で次のように述べている(三鷹板吉さんの 「中島梓の拉致事件"論評"(改訂版)」*4より引用)。

44歳で生存が認められた蓮池薫さん、 大学が「復学を認めた」そうですけれども、 いま日本に帰って44歳で大学生に戻っても、もう、 蓮池さんには 「あたりまえの日本の平凡な大学生」としての青春は戻ってこない、 それは不当に奪われたのですが、 そのかわりに蓮池さんは 「拉致された人」としてのたぐいまれな悲劇的な運命を 20年以上も生きてくることができたわけで、 それは 「平凡に大学を卒業して平凡に就職して平凡なサラリーマン」 になることにくらべてそんなに悲劇的なことでしょうか。

引用した文章の中で瀬尾さんや中島さんが表明しているのは、 「運命に翻弄された人生に対する憧憬」という感情である。 北朝鮮によって拉致された人々に対して 日本人の多くが抱いている感情は、 「同情」という言葉のみでは表現できない、 複雑な感情の混合物である。 そのような感情の混合物の中には、 彼女たちが表明しているような感情も、微量ながら含まれている。 そのような感情を抱くのは 瀬尾さんや中島さんのような特殊な人間のみである と反論する人がいるかもしれないが、 私は、 同様の感情を抱いている日本人は決して少なくないと考えている。 しかし、 そのような感情について表明する人がほとんどいない、 というのは事実である。 その理由は、おそらく、大多数の日本人においては、 拉致被害者に対して抱いている感情が同情を基調とするものであり、 それ以外の感情はその中に溶け込んでいるために、 表明したいと思うほど強くは自覚されないからであろう。

瀬尾さんや中島さんが表明している感情は、 運命に翻弄された人生を愛でる感性から生み出されたものである。 そして、そのような感性は、 大多数の日本人の心の中に宿っているものなのではないか と私は思う。

*1 http://raweb.jm.aoyama.ac.jp/aguhp/KgApp?kojinId=fbfi
*2 http://blogs.yahoo.co.jp/shinji8929/19970181.html
*3 http://homepage2.nifty.com/kaguraclub/
*4 http://www.ss.iij4u.or.jp/~mitaka/hondana/hondana20020921.htm
存在論日記2009年/ 運命に翻弄された人生を愛でる感性
Last modified: Thursday, 22 January 2009
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