存在論日記2009年/ 諸宗教間対話

諸宗教間対話

「イスラームにおける諸宗教間対話への試み」 というシンポジウムに関するメモ。

日時は2009年1月24日(土)10:00〜12:15、 場所はクラーク・チャペル (同志社大学今出川キャンパス・クラーク記念館2階)、 講師はアブドゥルカリーム・ハマド・アッサイグさん、 ムハンマド・ハサン・アルジールさん、森孝一さん、 サミール・ヌーハさん、司会は小原克博さん。

二番目に登壇したアルジールさんは、 諸宗教間対話について次のように述べた。 「これまでの対話が失敗だった原因は、 それぞれの宗教の相違点にこだわりすぎたことである。 相違点よりもむしろ共通点にスポットを当てなければならない」

三番目に登壇した森さんは、次のように述べた。 「宗教間対話においては、 お互いの相違点を認識することが大切である。 その上で、何が共存を妨げているのか、そして、 自分たちの宗教伝統の何を変革することが必要なのかを 考えなければならない」

アルジールさんと森さんは、 相違点と共通点のどちらに重心を置くかという差異はあるものの、 本質的には同じことを主張している。 それは、「共存を目的とする宗教間対話においては、 類と種の木構造の中にお互いの宗教を位置づけることが重要だ」 という主張である。

類と種の木構造の中にそれぞれの宗教を位置づけることは、 それらの宗教が共存する上で、きわめて有効な手段である。 なぜなら、そのような作業によって、 「それらの宗教の間には、赤の他人という関係ではなく、 何らかの類縁関係がある」 という認識を発生させることができるからである。 そして、そのような認識は、 それらの宗教の間に反目が生ずる危険を回避させる力を持つ。

このシンポジウムが終わったあとで気になったことが一つある。 それは、このシンポジウムで語られていた「諸宗教間対話」が、 アブラハム宗教を類とする種の階層、すなわち、 ユダヤ教、キリスト教、 イスラームという階層での対話のみを 念頭に置いたものだったという点である。

アブラハム宗教の内部に存在するさまざまな宗教を 平和的に共存させたいという場合、 アブラハム宗教を根とする木構造を構築し、それぞれの宗教を、 その木構造を構成するノードとして位置づけることが有効である。 この場合に構築される木構造は、アブラハム宗教を根として持ち、 その一段階下の階層に属するノードとして、ユダヤ教、キリスト教、 イスラームを持つことになるが、 構築しなければならない階層は、それらのみに留まるものではない。 キリスト教の下には、カトリック、正教会、 プロテスタントの階層があり、イスラームの下には、 スンナ派とシーア派の階層がある。 それらの宗派の階層も含めた木構造を構築しなければ、 アブラハム宗教の平和的な共存には貢献しないであろう。

そのような木構造を構築するためには、ユダヤ教、キリスト教、 イスラームという階層での対話のみならず、 カトリックと正教会とプロテスタントという階層での対話、 およびスンナ派とシーア派という階層での対話もまた、 不可欠である。

存在論日記2009年/ 諸宗教間対話
Last modified: Wednesday, 25 February 2009
Copyright (C) 2009 Daikoku Manabu