存在論日記2009年/ 榎原神社

榎原神社

宮崎県南那珂郡南郷町大字榎原に鎮座する、 榎原神社(よわらじんじゃ)という神社を訪問した。

榎原神社は縁結びにご利益があるらしいと聞いた私は、 ぜひ私にも良縁を授けていただきたい、 と思って訪問したわけであるが、社頭の案内板によると、 本社に祀られているのは 地神五代と神日本磐余彦命(神武天皇)らしい。 本当に彼らが良縁を授けてくださるのかという疑問を感じたので、 その点を社務所にいた人に尋ねてみたところ、 縁結びの神様は、本社ではなくて、 桜井神社という摂社に祀られていると教えてくださった。

桜井神社は、本社に向かって左手に位置している摂社である。 摂社と言っても、社殿はきわめて立派である。 向拝を支えている柱には伊勢海老の彫刻が飾られていて、 異彩を放っている。

社務所で販売されている由緒書(金百円也)には、 桜井神社の祭神である内田萬寿という女神の伝記が記載されている。 それによると、萬寿姫は、内田外記という人の娘として、 元和六年(西暦1620年)に生まれたそうである。 彼女は幼少のころより敬神の念が深く、 常に鵜戸神宮に参詣していたが、 21歳のときに神がかりの状態となった。

不思議に奇言を放ち神典宗教を論じ或は歌を詠じ 書は一種の筆法を以て尤も巧なり 世人嘆賞して神女と称するに至れり 時の藩主祐久公深くその言を信じ 現神(あらひとがみ)として難事ある毎に之を神女に問う

人類の文化においては、 政治というものは男性原理によって進められる傾向にある。 これは、 政治を主導する人々の多くが男性だから という理由によるものではなく、 政治というものが持っている本質的な性格によるものである。 したがって、 もしも仮に女性たちによって政治が主導される社会が 存在したとしても、 その社会における政治もまた、 男性原理によって進められるはずである。

たとえ政治が男性原理によって進められるとしても、 男性原理のみによって支配される社会は、望ましいものではない。 政治とは異なるシステムとして、 女性原理もまた社会には必要である。 古代の日本においては、 巫術という形で女性原理が社会に導入されていた。 巫術による女性原理の導入は、 時代が下るにつれて忘れられたシステムとなるが、 しばしば一時的な復活が見られる。

飫肥藩の第三代藩主である伊東大和守佑久公は、 難事を切り抜けるための指針として、 神がかりとなった萬寿姫の言葉を重視した。 これもまた、 巫術による女性原理の導入が 一時的に復活した事例の一つと言ってよいであろう。

存在論日記2009年/ 榎原神社
Last modified: Monday, 7 September 2009
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